松江地方裁判所 昭和25年(ワ)91号 判決
原告 吉田福次郎
被告 福田虎市
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「原告が別紙目録<省略>記載の家屋のうち階下中央仕切りより東側二十五尺二寸まで八坪八合二勺の部分につき、賃料は既に賃借してある他の部分を併せて一ケ月金六千円、期間の定めのない賃借権を有することを確認する。被告は原告に対し右部分の引渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに右引渡請求の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り述べた。
訴外福田松子は昭和十二年頃その所有者である土江仲一より別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と称する)を賃借し、これに居住していたが、原告は昭和二十二年十一月二十日福田松子より本件家屋の階下西表側間口二間奥行八分の部分(以下軒下の部分と称する)を、期間の定めなく、賃料一ケ月金五百円、毎月末払いの約で転借し、同所で魚商を初めた。そして、その後右賃料は一ケ月につき、昭和二十三年春頃より金二千円に、昭和二十四年十二月頃より金三千円に、それぞれ値上げせられたが、右値上は、原告が松子の窮状に同情して、自発的になしたものである。ところで、松子は未亡人であつて、子供数人をかかえて、飲食店を経営していたが、右営業は不振となり、勢い、廃業しなければならない羽目に立到り、生活に窮する結果となつたので、原告に対して援助を求め、右軒下の部分に隣接して、階下中央仕切りに至るまでの表寄りの土間約四坪(以下表寄り土間の部分と称する)を、既に賃借している軒下の部分と併せて、賃料一ケ月金六千円にて借受けて貰いたい旨申出たので、原告はこれを承諾し、約十万円を投じて右土間の部分を改造し、昭和二十五年二月より同所で食料品並びに乾物店を開き、同月松子に対して右賃料六千円を支払つた。然しながら、右食料品営業は一向に振わず、これが賃料の支払いすら危ぶまれる状態であつたので、原告は同年三月中松子に交渉して、同人より本件家屋の階下中央仕切りより東側の土間約六坪と、原告がこれに附加して、その東側に建増した部分を併せて八坪八合二勺(以下係争部分と称する)を、期間の定めなく、既に賃借している部分を含めて、賃料一ケ月最低六千円、利益があがれば八千円でも一万円でも支払うこととし、支払期は毎月末払いの約で転借し、その引渡を受けて、これを占有した。そして、原告は同所に於て飲食店を経営するため、同年三月二十一日より係争部分の改造に着手し、同年四月十五日頃に右工事は完成したが、その費用は金七万円以上を要した。然るに、右工事完成の頃より、突然松子の亡夫の実兄に当る被告が現われ、右工事について異議を申出たが、原告はこれに取合わなかつたところ、被告は同年五月八日係争部分の中に置いてあつた原告所有の卓子、椅子等を、乱暴にも、屋外に投出し、表寄り土間の部分より係争部分に通ずる出入口を釘付けにし、原告が同所に入れないようにしてしまつた。すなわち、原告は松子より係争部分を転借し、これを平穏公然と占有していたところ、被告は不法にも原告の占有を侵奪したものである。そこで、原告は被告に対し、右係争部分に対する原告の前示賃借権の確認を求めるとともに、原告の右部分に対する占有権に基き、右部分の引渡を求めるため本訴に及んだのである。
なお、被告主張事実中、被告が別紙目録記載の家屋につき所有権取得登記をなしたことは認めるが、右家屋の売買の事実は不知である。その余の事実は否認する。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告主張事実中、福田松子が原告主張の日時に土江仲一から本件家屋を賃借したこと、原告が松子から原告主張の日時にその主張の軒下の部分をその主張の如き約で転借して魚商を初めたことは認めるが、その他の事実はすべて否認する。
原告は昭和二十五年二月初旬頃松子に対し、原告が同人より既に転借している軒下の部分に隣接している表寄り土間の部分を、賃料一ケ月金八千円で転借したい旨申出たが、松子がこれに承諾を与えないうちに、原告は勝手に同所内の模様替工事に着手し、食料品店を開業したのである。ところが原告は同年三月中旬頃松子に対し、右営業は予期に反して不振であると称して、更に、飲食店を開業したいから係争部分を転借したい旨申出たが、松子はこの部分だけは同人の生活の最後のよりどころとなるものであるから勘弁して欲しい旨述べて、原告の申出を拒絶したところ、原告は同人に対し、若し承諾しなければ今迄に貸した金員を即時返還せよ、また、あくまで、これを拒絶するならば自分にも考えがあると言つて、酒気を帶び如何なる危害をも加えかねないけんまくで強迫した。松子はこの事情を被告に訴えて救助を求めてきたので、被告は同年三月十五日その所有者である土江仲一から本件家屋を買受け、(所有権取得登記は同年五月十六日)直ちに、松子と本件家屋の賃貸借契約を合意解除して、被告に於て右家屋を占有するとともに、原告に対し右の旨を通告し、以後被告の承諾なくして勝手な行動をしないように警告したが、原告は同年三月二十一日頃被告の占有を不法に侵奪して、係争部分を占拠し、同所内の改造に着手したので、被告は原告に対し、その暴挙を難詰し、これが工事の中止方を申渡したが、原告がこれに応じないので、被告は同年四月中旬頃表寄り土間の部分より係争部分に通ずる出入口を、釘付けにして、原告が係争部分に立入ることができないようにして、原告の右不法占拠を排除したものである。以上述べたところによつて明白である如く、(1) 松子は原告に対し係争部分を転貸する契約を締結したことはない。仮りに、転貸借契約があつたとしても、(2) 右転貸借については本件家屋の所有者の承諾を得ていないから、右転貸借は無効である。(3) 更に、被告は土江仲一から昭和二十五年三月十五日本件家屋を買受けて、松子と本件家屋の賃貸借契約を合意解除したものである。また右合意解除がなかつたとしても、原告は同年四月七日松子に対し本件家屋の無断転貸を理由として右賃貸借契約を解除したものであるから、原告の係争部分に対する賃借権はこれにより消滅したものである。(4) 原告は被告の係争部分に対する占有を不法に侵奪したので、被告はその占有を回復したに過ぎない。従つて、原告の本訴請求はいずれも理由なく失当である。
<立証省略>
三、理 由
福田松子は昭和十二年頃から土江仲一より本件家屋を賃借し、これに居住していたところ、原告は昭和二十二年十一月松子から本件家屋の階下軒下の部分を賃料一ケ月金五百円、毎月末払の約で転借して魚商を初めたこと並びに被告が昭和二十五年五月十六日本件家屋の所有権取得登記をなしたことは当事者間に争がない。
先ず、係争部分の賃借権確認の請求について判断する。
成立に争のない甲第二号証の二、三、甲第三号証の二、四、乙第五号証の二、乙第六号証の二、三、登記官吏の作成部分の成立については争いなく、その他の部分は証人土江仲一の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証、被告本人訊問の結果により真正に成立したと認められる乙第一、第四号証、証人土江仲一、川谷貞吉、福田幸市、福田松子、原被告各本人訊問の結果によると、原告は昭和二十五年二月頃松子から階下表寄り土間の部分を、既に転借している軒下の部分を併せて、賃料一ケ月金六千円の約束で転借して、同所で食料品及び乾物店を開いたが、予期に反して利益が挙がらなかつたので、これが打開策として、松子より更に係争部分を借り受けて、同所で飲食店営業をしようと考え、昭和二十五年三月中旬頃、酒気を帶びて、松子方に到り、同人に対し、「右部分を既に転借している部分と併せて、賃料一ケ月六千円、利益があれば八千円でも支払うから、ぜひ貸して貰いたい」と申出たところ、松子は当時飲食店経営を廃業していたが、そのうち再び、同所で開業する積りであつたので、右申出を拒絶したこと、すると原告はものすごいけんまくで松子に対し、「若し右の申出を承諾しなければ、今迄に貸してある金員を即時返還せよ。また、今後は家賃も支払わない。」等と言つて、その場に居合わせた神村正義の制止も聞かず、卓をたたき、大声でしかりつけて、松子にこれが転貸を強要したこと、当時松子は原告に対し二万円余の借財があつた上、原告よりの右家賃が唯一の收入であり、然も、女手一人で子供数人をかかえて生活に困つていたので、借金の返還はおろか、原告よりの家賃が不払いにでもなれば、たちまち、一家は路頭に迷わなければならないような窮状にあつたのみならず、松子自身精神薄弱の情況に在り思慮分別に欠くるところがあつたので、松子は原告の右のような強引な申出を拒む気力もなく、結局その申出を認めた形となつたものであることを認めることができ、被告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用し難く、他に前記認定をくつかえして、右認定に反する原告主張の事実を認めるに足る証拠は何等存在しない。従つて、原告と松子の間に係争部分について転貸借の合意が一応成立した形とはなつたけれども、右に認定した通り、原告は松子の経済的窮迫と精神薄弱とに乗じて、松子を強迫して、右転貸借を承諾せしめたものであるから、民法の基本原理である信義誠実の原則に照して、原告の所為は明かに公序良俗に反するものと言わねばならぬ。従つて、係争部分について為された前示転貸借契約は当然無効であつて、原告の本訴請求中、右契約の有効を前提とする賃借権確認の請求の部分は失当である。
次に、占有回收の請求について判断する。
前示甲第二号証の二、三、甲第三号証の二、乙第二、第四号証、乙第六号証の二、三、証人福田松子、川谷貞吉、土江仲一の各証言、被告本人訊問の結果によると、松子は前記認定の通り、昭和二十五年三月中旬、原告の強要により、原告に係争部分を転貸することを承諾せしめられたが、原告に係争部分を引渡すことを快しとせず、亡夫の兄に当る被告に右事情を打明けて、これが救助を求め、すべてを被告に一任するの挙に出たので、被告は原告が松子との右契約を盾にとつて、むりやりに係争部分を使用することを防ぐため、昭和二十五年三月十五日土江仲一から本件家屋を買受けて、その引渡を受け、引続きこれに松子を居住せしめて、本件家屋を占有するに至つたこと、原告は同月二十一日に至り係争部分で飲食店を開く準備として被告及び松子に無断で右部分の造作に着手し、これを占拠したので、被告は原告に対し、その不法をなじり、右占拠を解くよう通告したが、原告はこれに応ぜず造作工事を続行したため、被告は同年四月中旬頃表寄り土間の部分より係争部分に通ずる出入口を釘付けにし、原告が係争部分に立入れないようにして、原告の占有を排除したものであること、並びに、前記の通り松子は原告の強要に屈して、係争部分の転貸借に一応承諾を与えはしたが、係争部分を右約旨に従い原告に引渡すことを快しとせず、原告が同部分を占有することを阻止するために、被告にこれが救助を求めたのであり、また右転貸借契約が当然無効のものである以上、原告が係争部分の工事に着手しこれを占有したのは、右部分の占有代理人である松子の意思に反するのみならず、右部分を代理占有している被告の意思にも反するものであつて、結局原告は被告の係争部分に対する占有を不法に侵奪したものであることを認めることができ、原告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できない。然らば、被告は係争部分に対する占有を原告のため不法に侵奪せられた後、一ケ月も経たぬうちに、自力で原告の占有を排除して、再びその部分の占有を回復したこととなるのであるが、本来、被告は占有回收の訴により、原告に対し係争部分の返還を請求し得たのであるから、右占有の回復により、被告の右部分に対する占有は前後継続したこととなり、被告に於て従前の占有関係の秩序を破壊したものとは言えないわけであり、原告に対し占有回收の訴権を有する被告に対する関係に於ては、原告の係争部分に対する占有は、法律の保護に値しないものであつて、原告より被告に対する占有回收の訴は法律上許されないものと解するのを相当とする。従つて、原告の本訴請求中、占有権に基き、被告に対し係争部分の引渡を求める部分もまた失当であると言わねばならない。
よつて、原告の本訴請求はすべて失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 松本冬樹 組原政男 福井秀夫)